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渤海では唐制の16衛に倣い左右猛賁

左右熊衛、左右羆衛、南左右衛、北左右衛の10衛が中央に設けられていた。また地方には府兵制が確立されていたと考えられている。しかし渤海後期になると、府兵制が次第に崩壊し、左右の神策軍、左右三軍が設置された。これらは唐の北衙六軍との関連が認められ、渤海王室が設置した常備軍であった。

渤海の司法制度に関しては、唐の文宗の時代に大彝震の治世には法律の運用面で国内が安定していた事を示す史料があり、渤海は法律面でも整備が進んでいた事の傍証となっている。律令格式は他の統治方式同様に唐制を模倣したものと考えられている。

司法機関としては中正台、礼部、大理寺が任務に当った。

中正台
渤海最高の監察機関であり、長官の大中正は官民の監督の他、王室内部の粛清や、礼部、大理寺と重要案件を審議する権限を有していた。
礼部
渤海最高の司法機関であり、徒隷、勾覆、関禁の政令を職責としていた。
大理寺
渤海最高の裁判機関であり、訴訟を担当すると共に、礼部とともに裁判員の人選を行っていた。
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陸上交通は上京府を通信に全国の京・府・州・県に放射状に道路が整備されていた。その交通路は現在の道路、鉄道に沿ったものと考えられている。またこれらの中央からの道路以外にも、5京と旧国の間にも道路が整備されていた。

道路の中で最も重要なのは「営州道」と称されるものである。これは渤海から唐に向かう朝貢使などが使用するものであり、営州(現在の朝陽市)であり、唐が東北地区を支配する要所とされていた地域であり、燕郡城(現在の義県)、安東都護府(現在の遼陽市)、新城(現在の撫順市付近)、長嶺府(現在の樺甸県付近の蘇密城)を経て上京に至る1200km弱のルートである。

新羅への交通は南京府を中心とする「新羅道」が存在していた。『三国史記』地理志には「新羅の泉井郡より柵城府に至る、凡そ三十九駅」との記載があり、泉井郡(現在の咸鏡南道の徳源)より柵城府、則ち上京府までの道路の整備状況をうかがい知ることが出来る。この他契丹との交通には扶余府を起点とする「契丹道」が設けられていた。

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2009年05月31日 09:34に投稿されたエントリーのページです。

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