2009年06月17日

ロープとは紐や針金などの細長い物品をさらに

ロープとは紐や針金などの細長い物品をさらにより合わせたもの。けん引や支持などを目的とするロープは綱(つな)ともいい、縛るためのロープは縄(なわ)ともいう。また、登山の用途に用いるものをザイルと呼ぶ事が多いが、これはドイツ語で綱と言う意味であり、英語のロープと同義語である。

繊維を撚り合わせて太くして実用に供するものには糸・紐などがあるが、縄やロープというのはそれらに似てより太いものをいう。普通は紐を撚り合わせて作られ、縄より強い力で結んだり、大きなものを引っ張るときなどに用いる。より野外で用いることが多い。

素材としては糸や紐の材料はもちろん利用されるが、それに向かないより太くて粗雑な材料、たとえばシュロの繊維や藁も使われる。さらに、近代以降では強さの確保のために金属なども利用されるケースがある。

化学繊維 [編集]
ナイロンロープ
強度が高く、伸びにくいので衝撃にもよく耐える。
ポリエステルロープ
ナイロン並みの強度を持つが伸び率はナイロンほど高くない。ヨットなどで用いられる。
ポリエチレンロープ
安価で軽い場合が多い。水に浮く。熱や紫外線に弱い場合がある。
ビニロンロープ
安価だが柔軟で扱いやすい。
クレモナロープ - 「クレモナ」はクラレが生産するビニロンとポリエステルの混紡糸の商標。
ポリプロピレンロープ(PPロープ)
その他の化学繊維のロープ
アラミド系、ポリアリレート、超高分子ポリエチレンといった素材のロープ(スペクトラロープ)は、高価だがナイロンの倍以上の強度がある。
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天然繊維 [編集]
天然繊維のロープは化学繊維のそれと比べると破断強度が1/3以下とあまり強くない。
マニラロープ
綿ロープ

登山 [編集]
岩登りや雪山、ケイビングでの、墜落・滑落防止のための確保、懸垂下降、荷揚げ、救助、固定ロープ(フィックス)やチロリアンブリッジなどのルート作りに使われる。ロープ単体だけでなく、登攀具と組み合わせる事で、目的の機能を構築できる。登攀用ロープは、直径11mm程度のシングルロープ、9mm程度のダブルロープ、8mm程度のツインロープの 3 種類のUIAA規格がある。長さは通常 40m ? 55m の範囲である。これらのロープは墜落時のショックを軽減するよう適度な伸びを持ち、ダイナミックロープと呼ばれる。一方、荷揚げやユマーリング、固定ロープに用いられるロープは伸びがなく、スタティックロープと呼ばれる。

素材は、最初は麻が用いられていたが、槇有恒が「強度や耐久性は麻より絹の方が上」という助言を得て、アルバータ山登頂の際に絹のザイルを初めて使用。その後、絹の代用品として作られたナイロンに置き換わり現在に至る。

フリークライミングでは、シングルロープが良く使われる。
アルパインクライミングでは ダブルロープが使われることが多いが、シングル、ツイン共に使用されることがある。
ケイビングでは、シングルロープが主に使われており、その技術は Single Rope Techniques 通称SRTと呼ばれている。
産業用ロープアクセスである特殊高所技術においては、シングルロープが一般的であるが、状況によってはダブルロープが使われる場合もある。
ショックが少ない条件であれば、雪山や沢登りなどの補助ロープとして ø8 mm、長さ 20 m ? 30 m 程度のものを使用する。
その他
鋭利な岩角で切断されやすいので、このような場合はタオルや専用のローププロテクターを挟むなどする。
内部は伸びられるよう、非常に細い繊維の束となっている。長時間の紫外線、アイゼンでの踏みつけ、靴での踏みつけによる土(微細な結晶)の侵入により、細い繊維が切れやすくなるので注意する。
濡れて凍らないよう、防水式のものもある。
日本国内での製造販売、輸入販売については、事業者自らが検査・確認の上、PSCマーク(消費者の生命や身体の安全を守ることを目的とした国による安全規制を満たしている事を証明するマーク・円の中にPSCの三文字がある)を表示しなければならない。これに違反すると事業者は消費生活用製品安全法によって罰せられる。逆に消費者からすれば、このマークが付いていない製品は注意すべきと判断できる。

2009年05月31日

渤海では唐制の16衛に倣い左右猛賁

左右熊衛、左右羆衛、南左右衛、北左右衛の10衛が中央に設けられていた。また地方には府兵制が確立されていたと考えられている。しかし渤海後期になると、府兵制が次第に崩壊し、左右の神策軍、左右三軍が設置された。これらは唐の北衙六軍との関連が認められ、渤海王室が設置した常備軍であった。

渤海の司法制度に関しては、唐の文宗の時代に大彝震の治世には法律の運用面で国内が安定していた事を示す史料があり、渤海は法律面でも整備が進んでいた事の傍証となっている。律令格式は他の統治方式同様に唐制を模倣したものと考えられている。

司法機関としては中正台、礼部、大理寺が任務に当った。

中正台
渤海最高の監察機関であり、長官の大中正は官民の監督の他、王室内部の粛清や、礼部、大理寺と重要案件を審議する権限を有していた。
礼部
渤海最高の司法機関であり、徒隷、勾覆、関禁の政令を職責としていた。
大理寺
渤海最高の裁判機関であり、訴訟を担当すると共に、礼部とともに裁判員の人選を行っていた。
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陸上交通は上京府を通信に全国の京・府・州・県に放射状に道路が整備されていた。その交通路は現在の道路、鉄道に沿ったものと考えられている。またこれらの中央からの道路以外にも、5京と旧国の間にも道路が整備されていた。

道路の中で最も重要なのは「営州道」と称されるものである。これは渤海から唐に向かう朝貢使などが使用するものであり、営州(現在の朝陽市)であり、唐が東北地区を支配する要所とされていた地域であり、燕郡城(現在の義県)、安東都護府(現在の遼陽市)、新城(現在の撫順市付近)、長嶺府(現在の樺甸県付近の蘇密城)を経て上京に至る1200km弱のルートである。

新羅への交通は南京府を中心とする「新羅道」が存在していた。『三国史記』地理志には「新羅の泉井郡より柵城府に至る、凡そ三十九駅」との記載があり、泉井郡(現在の咸鏡南道の徳源)より柵城府、則ち上京府までの道路の整備状況をうかがい知ることが出来る。この他契丹との交通には扶余府を起点とする「契丹道」が設けられていた。

2009年04月27日

燃焼室やノズルの冷却

大量の推進剤が燃焼し、噴射される燃焼室やノズルは極めて高温となるので、耐熱材料を使うだけでは不足でありより積極的に冷却を行う必要がある。そのために、推進剤の通った配管で取り巻いて熱を奪い、使った推進剤は燃焼に用いる再生冷却、多孔質の材料から推進剤を染み出させて冷却する発汗冷却、冷却したい部分の表面を推進剤の薄い流れで覆って冷やすフィルム冷却などが用いられる。融点が高く熱容量の大きな材料で覆い、その材料の溶融気化や炭化で熱を奪うアブレーション冷却も一部で用いられる。

推進剤の組み合わせ
代表的な液体推進剤は以下のものが挙げられる。第二次世界大戦で使用されたV2ロケットは酸化剤として液体酸素 (LOX) が、燃料としてエタノール75%と水25%の混合物を使用していた。戦後のミサイルでは、燃料はケロシン、ヒドラジン系に置き換わり、酸化剤は硝酸系に置き換わっている。液体フッ素の使用やリチウムの添加、などの現行のものより比推力の良い推進剤も提案されているが、毒性や取り扱いの観点から現実的ではない。

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燃料
液体水素 (LH2)
ケロシン
ヒドラジン
モノメチルヒドラジン (MMH)
非対称ジメチルヒドラジン (UDMH)
エアロジン-50(MMHとUDMHを50:50の比率で混合したもの)
酸化剤
液体酸素 (LOX)
過酸化水素
硝酸
発煙硝酸 (WFNA)
四酸化二窒素
赤煙硝酸 (RFNA)
これらの燃料と酸化剤とを適宜組み合わせて使用するが、性能や取り扱いの上から、あるいはノウハウや経験の蓄積、といった点から、現在の主要な液体ロケットの多くは以下の3種の組み合わせである。

2009年04月12日

ホット・ジュピター

ホット・ジュピター (Hot Jupiter) は、太陽系外の恒星をめぐる 太陽系外惑星のうち、中心の恒星から地球 - 太陽間の距離(=1天文単位)の十分の一以下という至近距離にある軌道上を、高速かつ非常に短い周期で公転(公転周期は数日。これに関しては後述)する木星級のサイズの巨大ガス惑星を指す。恒星に極めて近く、強烈な恒星光を浴びるため表面温度は高温になっていると予想されている。「ホット・ジュピター」は直訳すれば「熱い木星」となるが、このような特徴に由来したものである。この種の系外惑星は1995年頃から続々と発見されつつある。

他にも、離心率の大きい彗星のような楕円軌道を描き、灼熱期と極寒期をめまぐるしく繰り返す巨大惑星エキセントリック・プラネットも発見されている。両者はこれまでに発見された百数十個の系外惑星のうち大半、百個ほどを占めているが、後者の方が圧倒的に多い。いずれも、太陽系にある惑星の様子からは想像もつかない惑星である。
我々の太陽系においては、比較的小型な地球型惑星が太陽に近い軌道をめぐっている一方、木星・土星のような巨大な惑星は太陽から数?数十天文単位の距離を隔てて回っている。これらの外惑星は、太陽の熱を十分に受け取ることができないため、表面温度零下百数十度の極寒の世界となっている。

しかし、典型的なホット・ジュピターは中心の恒星からわずか0.05天文単位しか離れていない。中心の恒星が太陽と同じ明るさを持つとすると、この軌道を周回する惑星が単位面積あたり恒星から受け取る光のエネルギーの量は、地球の数百倍にも達する計算になる。そのため惑星表面は熱せられて摂氏数百度を超える高温となっている。かつては太陽系以外の恒星系も惑星の配置・構成は先に述べたような太陽系の姿とさして変わらないだろうと思われてきたが、実際の系外惑星はほとんどの学者が予想だにしない形で発見され、大きな衝撃を与えた。

なお、惑星の居住可能性を論じる場合において、木星や土星のようなハビタブルゾーンの外側を回る木星型惑星をホット・ジュピターとの対比で「グッド・ジュピター」と呼ぶことがある。

サイズ [編集]
恒星に近い軌道を周回する惑星は1995年から10年余りの間に数十個見つかっている。質量は惑星と褐色矮星の境界付近の大質量のものから地球の数倍程度のものまで様々である。特に明確な定義があるわけではないが、これらの惑星のうち木星や土星程度の質量以上を持ったものだけをホット・ジュピターと呼ぶのが普通である。木星の質量(地球の318倍)よりもむしろ海王星の質量(地球の17倍)に近い低質量の灼熱惑星は、ホット・ジュピターではなくホット・ネプチューンと言われる。

広く系外惑星の検出に使われている観測方法であるドップラー偏移法では、惑星の質量は分かっても惑星の半径までは知ることはできない。しかしその後、いくつかの惑星の恒星面通過を利用した観測が行われると半径を計測することが可能になった。求められたホット・ジュピターの半径は、太陽系の木星や土星と比べると、質量の割には大きいという特徴がある。これは高温によって惑星の大気が膨張しているためだとされる。

大気 [編集]
ホット・ジュピター型の惑星は恒星に極めて近い軌道を持つため、潮汐力によって自転と公転が同期し、地球の周りを回る月と同じように、常に同じ面を恒星に向けていることになる。つまり一方の面が常に恒星光で熱せられることになるので、反対側にあたる影の半球に向かって摂氏数百度を超える強烈な熱風が吹いていると予想されている。そのため、ホット・ジュピターの外観は木星のような横縞模様ではなく、恒星の光が最も強く当たる点から影の面へ向かう気流により縦方向の縞模様が形成され、スイカの模様のようになっているとも推定されていた。しかしホットジュピターは、太陽系のガス惑星と比べると遅いとはいえ、公転周期と同じ周期で自転もしているため、きれいにスイカの模様状の大気の流れが生じるかは疑問視されている。

惑星自体の色は、あまりの高温のために固体成分が蒸発して透明なガス成分のみになっているため、深い青い色に見える可能性も指摘されている。これは本来透明な海水や大気が日光の散乱によって青く見えるのと同じ現象である。

惑星オシリスは、大気の流出が観測された他、大気の成分が調べられている。

発見 [編集]
従来、太陽系以外の恒星にも惑星は存在するだろうと言われており、1940年代から様々な系外惑星探査(プラネット・ハンティング)の試みがなされてきた。しかし、バーナード星など幾つかの星に有力候補が想定されてきたものの、いずれも否定され、太陽系の外の惑星は幻のままであった。SFの世界では多種多様な系外惑星が頻繁に登場するが、初めて現実に太陽系以外の恒星に惑星が発見されたのはようやく1990年代になってからである(詳細は太陽系外惑星の項を参照)。

1995年10月6日、ジュネーブ天文台のミシェル・マイヨール、ディディエル・クエロッツらスイスの観測チームによって、ペガスス座51番星 (51 Pegasi) に木星の半分の質量を持った巨大惑星の存在が確認された。この惑星の軌道は、中心の恒星からわずか0.05天文単位、約750万kmしか離れておらず、水星軌道よりも遙かに内側に入り込み(水星の軌道半径の八分の一)、恒星のまわりを4.2日で周回していることも確認された。この発見は様々な検証を経て間違いなく系外惑星であると確かめられ、これをきっかけとして系外惑星探査に火がついた。すると、他の恒星にも木星型惑星が続々と発見された。ペガスス座51番星の系外惑星は決して特殊な例ではなく、同様のホット・ジュピターの発見が相次いでいる。従来の系外惑星探査は、ほとんどの観測者が太陽系に似た恒星系を想定して探していたため、観測データには既にかかっていたのに、思わぬ盲点となって見落としてしまったようである。

これまでに発見された系外惑星は、先述したように大半がホット・ジュピターあるいはエキセントリック・プラネットであるが、これは宇宙に散らばる恒星のほとんどがそうした灼熱巨大惑星を擁しているというわけではない。大部分の巨大惑星は重力による恒星のふらつきを検出するという方法で観測されているが、恒星のふらつきは質量が大きく恒星と惑星の距離が短いほど大きくなるため、ホットジュピターのような惑星は最も検出が容易である。また、公転周期の短さゆえに観測や確認が短時間ですむという事情もあった。そのため初期に発見された系外惑星はホット・ジュピターが多かったが、より恒星から離れた軌道を持つ惑星も次第に多く発見されるようになっている。

ホット・ジュピターの形成理論 [編集]
ホット・ジュピターの発見は、従来の太陽系を対象にした惑星系形成理論がそのまま他の恒星系にも適用できるものではないことを示し、ホット・ジュピター、エキセントリック・プラネットなども含む多様な系外惑星の形成も含めて説明できるような理論へと書き直しを余儀なくされた。

恒星系の成立については、まず原始恒星を取り巻く円盤のガスや微粒子が集積して微惑星を形成し、次第に恒星を取り巻く幾つかの惑星という系ができあがっていくというモデルが考えられている。このモデルでは、木星のような巨大ガス惑星は恒星の近くでは生まれにくいとされている一方、これまでに発見されたホット・ジュピターはほとんどが恒星の至近距離に存在している。そのため、こうした巨大惑星は元々円盤の比較的外側の領域で形成されたものであったが、後に何らかの原因で本来の軌道から外れ、内側に移行していったのではないかと考えられている。

その移行の過程を説明する有力なモデルの一つは、形成された巨大惑星が残存していた円盤物質の抵抗による減速で、あるいは円盤自体が恒星の重力によって収縮するのに巻き込まれて次第に恒星に近づいていったとする「惑星落下モデル」である、しかし一方で、惑星がそんなに簡単に落下するものであれば、すべての惑星が恒星に落ち込んで惑星系はほとんど存在しなくなるのではないか、という異論もある。そのため、落下した惑星が現在観測されている軌道で安定するようなブレーキ法や、円盤のガスの密度などをめぐって、シミュレーションを駆使した様々な考察がなされている(中には惑星が出来ては落下し、出来ては落下しが繰り返された末、円盤が消失する直前に形成された惑星だけが残ったとする説まである)。

もう一つの有力なモデルは、他の巨大惑星との摂動によって細長い楕円軌道で恒星に近づくエキセントリック・プラネットになり、最近点を通過するたびに公転にブレーキをかけられることで次第に離心率が小さくなって円軌道のホット・ジュピターになって行くとする「ジャンピング・ジュピターモデル」である。こちらはホット・ジュピターよりもエキセントリック・プラネットの比率が大きいことが傍証とされているが、対になるはずの外側のエキセントリック・プラネットがなくてホット・ジュピターのみが見つかっている場合には適用できない。

ホット・ジュピターの実例 [編集]
ベレロフォン(ペガスス座51番星 b)
最初に発見された恒星の周りを回る系外惑星。
オシリス (HD209458 b)
初めて恒星面通過が観測された系外惑星。大気が流出していることでも知られている。
WASP-12 b
最も公転周期の短いホット・ジュピター(2008年11月11日現在)。26時間で中心の恒星の周りを一周する。
グリーゼ876d (Gliese 876 d)
質量が少なくホット・ネプチューン(またはスーパーアース)と呼ばれるタイプ。観測方法の特質上最低質量しか知られていないが、最も低く見積もった場合の質量は地球のわずか5.9?7.3倍である。この数値から地球と同じく岩石が主成分の惑星であると推定される。中心星は赤色矮星で、この惑星系にはこの惑星のほかに2つの巨大惑星が知られている(※惑星bの軌道傾斜角が84度と観測されていることから、惑星cも同程度、そしてこの惑星dも相似の傾斜角を持つとされる。よって、確定質量が地球の約7倍以下であることは確実視されている)。

キッド マロン マーブル モーダル メープル ピュア スポア 九月の砂 カトブレ ほわい ワイヤー シャム モード イグサ チカツ レーザー ルイス WEB大葉 ブリッジ ルーマニア ネチケット アイド タランチ キャラメル オフェンス ハラタ ヒット メーザー イヤリング ルバッ なかにい 片道切符 いろんな いばば ねっび ローブ アスク リカレ フライト グアバ ナチガイド トライア ブイヨン シャンビ ゼムクリ スケルツォ ナビハズ ビビッド むぎこうじ マッシュル

2009年03月27日

ヘルウェティイ族

ヘルウェティイ族(Helvetii)は、現在のスイスから南ドイツにかけて居住していたガリア人の部族。スイスの古名であるヘルヴェティア(Helvetia)はこの部族に由来する。

ガイウス・ユリウス・カエサルの『ガリア戦記』によれば、紀元前1世紀、ヘルウェティイ族はスエビ族の攻撃を受けていた。当時の族長であったオルゲトリクス (Orgetrix) は、部族を率いて西方へ逃れることを決定した。そのためには、当時ローマの属州であったガリア・ナルボネンシス(現在のプロヴァンス一帯)を通過しなくてはならなかった。オルゲトリクスは属州総督のカエサルに通過許可を求めたが、カエサルはこれを拒絶した。オルゲトリクスは強引に突破する決意をし、これがガリア戦争の契機となった。

『ガリア戦記』によれば、この時のヘルウェティイ族の全人口は390,000人で、うち110,000人が武器を持てる成年男子だった。対してカエサル率いるローマ軍は、6個軍団29,000人だった。カエサルは新たに2個軍団を動員した。

ヘルウェティイ族が移動を始める前にオルゲトリクスは亡くなった。ヘルウェティイ族は全ての村を燃やし、持てるだけの食料と財物を持って移動を開始した。そしてアエドゥイ族の町ビブラクテの付近でローマ軍に攻撃された。ヘルウェティ族は敗れ、およそ6割が殺され、2割が捕虜となり、残りは四散しヘルヴェティアに戻らざるをえなかった。捕らえられたヘルウェティイ族は奴隷として売却されるかカエサルの軍団に吸収された。

紀元前52年、アルウェルニ族のウェルキンゲトリクスがローマに対して決起したとき、10,000人のヘルウェティイ族が従った。

ダイビ ワサビン ナンピン ライトウイ ブーケ ラケット スーパ スキッダ プラネット 組曲 ナイロン リテラ オーベル シェアリ 白鳳支援 ムート ふるさと ジャパニ キチネッウ ヌビア てかばん クロア パート ラザーニャ ファイター ナポレオン ファタ ウコン パワー ブース ロビューム クーペ ラゴス ユグノー チラム トラサ あわせばお アカ パンフレット スパン バドミン ミレー フルー ミリーカー スカイプ ファン トリプ ハジ カソード シノニム

2009年03月12日

パンターリカの岩壁墓地遺跡

パンターリカの岩壁墓地遺跡は、紀元前13世紀から紀元前7世紀までの5000以上の墓が残る、シチリア島の巨大なネクロポリスである。パンターリカは、シチリア南東部のフェルラ・ソルティーノ間のアナポ川(Anapo)・カルチナラ川(Calcinara)の渓谷に位置している。

パンターリカの岩壁墓地遺跡は、シラクサに残る古代ギリシャの都市遺跡とともに、ユネスコの世界遺産リストに登録されている。

パンターリカは、アナポ川やカルチナラ川によって形成された渓谷に囲まれた台地であり、観光客が近寄りやすい小道をいくつもそなえている重要な自然の地形である。アナポ渓谷はシラクサとヴィッツィーニを繋いでいた古代の道に沿った 10km の小道で近づきやすくなっている。

この辺りは3つの野生生物保護区(Riserva Naturale Orientata Pantalica, Valle dell'Anapo, Torrente Cava Grande)に含まれている。

パンターリカのネクロポリスはシラクサの都市遺跡とともに、「シラクサとパンターリカの岩壁墓地遺跡」の名で、世界遺産に登録されている。パンターリカの登録範囲は205.86 haである。

紀元前13世紀前半に、シクリ人や他のイタリア半島系の人々が到達するとともに、海岸の集落群は突然姿を消した。先住民族は海岸の施設群を棄て、防衛的見地から丘の上や居心地が良いとはいえない山々に避難し、大集団を形成していた。

古代の記録は、ヒブロン王(Hiblon)が彼らの所有地の周縁に赴き、紀元前728年にメガラ・ヒュベアレア(Megara Hyblaea)を創設したと述べている。しかし、紀元前664年に内地にアクレス(Acres)を創設しつつ、シラクサが後に興って勢力を伸ばしたことが、王国の崩壊を決定付けた。この時代の証言となっているのが、アナクトロン(Anaktoron)や、岩壁に人工的に穿たれた小洞窟群の約5000の墓からなる広大なネクロポリスである。
キッズ ダーツ すぎな ゼンス サイド カッド 羊の歩み ジニア テンゴリラ ハミング タイトピ すくなか ゲルマ シガレット オーガィ パーシ ヒトゲ メーション ダーパア シリカセ パワー オーテア ミステリー イアタ バクシーシ ミトラ 日本全 ハンガー グプラン インツ ゼウス ピラティ ビーチ フェース ジョッ コアラー スターチ インキャラ チューニ なんぽろ チラリ レーザー だいだい レンニン リケーション トロー ブリッチ マスアキ テンプツ ステーツ

ネクロポリス周辺の地域はマグナ・グラエキア時代だけでなく、中世初期の数世紀間も人々がいた。その人々は、侵入してきた異民族や海賊たちによって追い払われた。後にはサラセン人たちが安住の地を求めて、近づきにくい場所に近いこの地にそれを見出した。今日でも、ビザンティン帝国時代に岩の中に築かれた住居の遺跡や、クロチフィッソ洞窟(Grotta del Crocifisso)、サン・ニコリッキョ洞窟(Grotta di San Nicolicchio)、サン・ミチダリョ洞窟(Grotta di San Micidario)などの壁画の描かれた小さな礼拝所の遺跡が残っている。

パンターリカのネクロポリス
パンターリカには広い地域に渡ってネクロポリスが散在している。

フィリポルトのネクロポリス(Necropoli di Filiporto)
フェルラ(Ferla)から9 km のところに位置している。膨大な数の墓が残っており、丘の中腹、アナポ盆地(Anapo basin)、都市の最終段階の姿をとどめる地域などに広がっている。)紀元前13世紀から紀元前9世紀の遺跡である。
ノルド=オヴェストのネクロポリス(Necropoli di Nord-Ovest)
このネクロポリスは紀元前12世紀から紀元前11世紀のもので、一帯でも特に古いものの一つである。
カヴェッタのネクロポリス(Necropoli della Cavetta)
紀元前9世紀から8世紀の遺跡であるが、一帯にはビザンティン帝国時代の建造物群も残っている。
北のネクロポリス(Necropoli Nord)
紀元前12世紀から紀元前11世紀ころのネクロポリスで、最も広大なものである。
アナクトロンの宮殿(palazzo dell’Anaktoron)は、大きな積み石による巨石建造物で、様々な長方形に区切られた部屋がある。この宮殿は、ミュケーナイ文化様式の宮殿の優れた模倣のようにも見え、専門家にはシチリアにはミュケーナイ人の作業場があったという仮説を立てる者もいる。これらは紀元前12世紀から11世紀のもので、パンターリカの遺跡の中でも早い時期に属している。

2009年02月23日

HPを回復するアイテム

クリスタル
不思議な力を持つ結晶。世界中のありとあらゆるものを支える存在になっている。
ギル
通貨単位。
ポーション
HPを回復するアイテム。上位に「ハイポーション」「エクスポーション」等がある。2006年にサントリーが「ファイナルファンタジーXII ポーション」として商品化し、以降もたびたび「ポーション」の名が付けられた飲み物が現実に商品化されている。
エーテル
MPを回復するアイテム。上位に「ハイエーテル」がある。
エリクサー
一人のHP・MPを完全回復するアイテム。この効果を味方全体に及ぼす「ラストエリクサー」もある。『FFII』では「エリクシャー」という表記だが効果は同じ。ただし『FFXI』のみ効果が低くHP、MP共に最大値の4分の1しか回復せず、ハイエリクサーで初めて半分回復する。
飛空艇
はるか上空を高速で移動する乗り物。実在する飛行艇と名前は似ているが別物。
シド
FFシリーズを通して登場するキャラクターの名前。『FFII』から登場している。各作品で設定は違うものの、なんらかの形で主人公達に協力する。時にはプレイヤーキャラクターである事もある。飛空艇に関わっている事が多い。シドがプレイヤーキャラクターである作品は、『FFIV』『FFVII』『FFタクティクス』。『FFI』の原作には登場していなかったが、GBA版『FFI・IIアドバンス』やPSP版『FFI』では、村人の話の中でルフェイン人の先祖だとされている。
ハイウインド(ハイウィンド)
『FFII』『FFIV』『FFV』『FFVII』に登場するキャラクターの名前。空に因むキャラクターに付けられている。『FFVII』では飛空艇の名前でもある。ゲーム中では登場しないものの、設定として付けられているキャラクターがいる。なお、シリーズによって「イ」か「ィ」で表記ゆれがある。
チョコボ
ソルジャー ルーツ りゅうき キャリ ニジェール ロック レード ハレルヤ こごた 茶色の小 バックシ タイヤ シホウチ コラン サイレ ジャーキー ハプテン ファースト ハプ くみん ケニア モンバ ギア ルーブル ニサバル 一致団 モザン パゴダ ツーソン カナイマ レツレツ ファイザー レジレソ フリートーク ひらたけ オペラ レソト チェダー レシオ サバト おとぎ ワッペ リップ エピス ハーフメイ モダニ マスツ アデス ディンイン すながわ

『FFII』から登場した、大型の鳥のような生き物。移動に利用できる。「クエッ」と鳴く。さまざまな形で人間と共存している。FFシリーズのマスコット的存在となっている。また、チョコボが主に活躍するゲームソフトがある。
モーグリ
『FFIII』から登場した、小型の白い生き物。「クポー!」と鳴き、作品によっては人間の言葉をしゃべる。人目を避け隠れ住む場合がほとんどだが、『FFIX』や、『FFXI』、『FFXII』などでは、世界規模の独自の文化を形成し人間と共存する。
ジョブ
特殊な能力を持つ職業のこと。FFシリーズにおいてはキャラクタークラスの意味で使用されている。『FFI』『FFIII』『FFV』『FFXI』に登場するほか、『FFXII』ではインターナショナル版に追加されているが、各作品ごとに扱いが大きく異なる。同義に『FFX-2』のドレスがある。例「戦士」「黒魔道士」。
アビリティ
何らかの方法で習得した特殊な能力や技。自分自身の装備枠の許す限り設定しておける。
たたかう
いわゆる「打撃」のこと。武器または素手で攻撃する。最も基本的なコマンドと言える。シリーズやジョブによってはアビリティとしてセットや取り外しが可能な場合もある。
召喚獣
召喚士がアビリティで「召喚」することによって現れる強大な存在。人、獣、竜などさまざまな形状で現れ、通常の魔法では得られない絶大な効果を発揮する。
戦闘不能
HPが0である状態。倒れてしまい、行動することができなくなる状態。ファミコン版『III』以前では当時の他のRPG作品同様「死亡」表現であったが、『FFIV』以降は物語中の死亡と区別するためこの表現に変更された。システム的には「死亡」とほぼ同じ。
セーブポイント
『FFIV』以降に登場する。フィールドマップ以外でプレイ経過を記録したり、テントを張って休息したりできる地点である。特殊な結界・物質であるが、『FFIX』ではモーグリがこの役割を代行している。当たり前ではあるが、オンラインゲームである『FFXI』には登場せず、変わりに戦闘不能時やデジョンなどの魔法で戻れるホームポイントが存在する。『FFX』や『FFXII』では触れるだけで状態異常やHP・MPが全回復する。
ラグナロク
北欧神話の「神々の黄昏」を意味する、
架空の剣 - ラグナロク (ファイナルファンタジー)を参照。
飛空艇の名前 - 飛空艇#ファイナルファンタジーシリーズの「ファイナルファンタジーVIII」の項を参照。
召喚獣の名前 - ファイナルファンタジーシリーズの召喚獣#ら行の「ラグナロック」の項を参照。

主なスタッフ
坂口博信 - FFシリーズの生みの親。歴代作品のプロデューサー・ディレクターなどを数多く務める。
植松伸夫 - FFシリーズのBGMの作曲を手がける。
天野喜孝 - VIまでとIXのキャラクターデザイン、イメージイラストなど。
北瀬佳範 - VI~VIIIのディレクター。X、XIIIのプロデューサーなど。
野村哲也 - モンスター・キャラクターデザイン、ディレクターなど。
野島一成 - VII、VIII、X、XIIIのシナリオライター。
寺田憲史 - I~IIIのシナリオライター。
伊藤裕之 - FFシリーズのゲームデザイナー。ATB、アビリティ、アクセサリシステム等の生みの親。
ナーシャ・ジベリ - I~IIIのメインプログラマー。

主なモンスター
第1作から『XII』までの12作品のうち、過半数である6作品以上に登場しているもの(五十音順)。多くのキャラクターの名前がギリシャ神話、聖書、童話、各宗教などから引用されている。

アーリマン/フロータイボール
アダマンタイマイ
オチュー
キマイラ
クアール
クラーケン
コカトリス
ゴブリン
サハギン
サボテンダー
スケルトン
鉄巨人
ティアマット
テュポーン
レッドドラゴン
トンベリ
プリン(曖昧い回避)
ベヒーモス
ボム
ミノタウロス
モルボル

タイトルロゴ
タイトルロゴは『FFIV』から統一したスタイルをしている。ローマ字のタイトルは同一の書体をしており、背後にはイラストが配置される。イラストは、各タイトルのテーマを暗示するものが多い。『FFI』、『FFII』、『FFIII』のリメイク版でもこの統一ロゴが使用されている。オリジナルの『FFI』、『FFII』、『FFIII』ではタイトルロゴの背後にイラストはなく、商品パッケージのロゴとゲーム中に出てくるタイトルはデザインが異なる。因みに、商品パッケージには、それぞれ「光の戦士のひとり」(I、III)「フリオニール」(II)が描かれている。また、FFTシリーズのローマ字タイトルは独自の書体をしている。

2009年02月07日

産主義者同盟

共産主義者同盟(きょうさんしゅぎしゃどうめい)とは、日本の新左翼党派。日本共産党の武装闘争放棄に反対する学生党員が結成した学生組織=社会主義学生同盟(社学同)を前身としている。1960年代後半の全国的な学園闘争や70年安保闘争をめぐる状況においては、新左翼を領導する党派となる。しかし1970年以降、学生運動が下火になると四分五裂し弱体化した。略称共産同、ブント。
ズンイン 紅葉遊 ミライン バックラ バンカメ コート トケーオー プチポワ スエード シート バーレル たいはく クール グワナ 江戸一 ひだまり チーク プラトーン ワンウェイ チャンス ナブスター フウトウ バリカ シェイク プロテ プロダク ルイジ ティブ 紫式部 まさかき ハンド はわい ネクタイ シタール ギガビ トラン モニタリ スキニー ネオナチ ポット ソイド スター 美人薄命 ググイウ リアリ サーチイスノ シンハ はさま セッション ナック

1955年、日本共産党は1950年以来、コミンフォルムから受けた批判への対応を巡って分裂していた主流派(所感派)と反主流派(国際派)が統合した。その際、国会議席を失うなど党勢の後退をもたらした武装路線を放棄した。武装闘争放棄は党内部の批判、とりわけ学生党員の憤激を買ったが、党指導部は、党の指導に反発する学生党員を容赦なく「トロツキスト」「敵の挑発者」のレッテルを貼り、党から排除していった。排除された学生党員は、武装を含む実力闘争継続を確認し、共産主義者同盟、略称ブント (Bund) を1958年に結成した。初期の指導部は、香山健一、森田実らであったが、やがてより若い島成郎、姫岡玲冶(青木昌彦)らのグループに移っていった。

60年安保闘争
戦争の記憶も覚めやらぬ1959年、岸信介内閣は、日米安全保障条約の永続化を打ち出した。国民は再び戦争に巻き込まれることを恐れたが、支持者が離れることを恐れ、日本社会党や日本共産党など既成左翼は突出した闘争が出来なかった。しかし、共産主義者同盟(ブント)に結集した全日本学生自治会総連合(略称「全学連」、唐牛健太郎委員長)の学生は、国会突入を図り、死者を出すほどの激しい闘争を繰り広げるなど、安保に対する国民の強い反発を代弁する行動を取った。このため、全学連のデモには普段政治とは無縁なサラリーマン・主婦・高校生も結集した。この運動の高揚には、戦後日本に強く介在した反米意識やナショナルな感情も大きく影響していた。安保条約は、アメリカへの従属化を意味し、政府、自民党、さらには右翼まで、安保条約を肯定する立場は、アメリカあるいは米帝国主義の手先とされ、ブントの反安保闘争は、無意識的なナショナリズムを代行する要素があったともいえる。当時、彼らの運動を支援した知識人の中には、清水幾太郎、吉本隆明、埴谷雄高、谷川雁などがいた。また若い活動家の中には、林道義、西部邁、柄谷行人などもいた。

闘争敗北と第一次分裂
岸信介内閣は、日米安全保障条約を自然発効させ、総辞職した。デモに参加した市民たちも、生活の場に戻って行った。安保条約を阻止できなかったのは、敗北であった。 闘争の総括をめぐり、共産主義者同盟はプロレタリア通信派、革命の通達派、戦旗派などに四分五裂し(共産同第一次分裂)、戦旗派やかつての指導部の何名かは革命的共産主義者同盟に吸収されていく。全国社会科学研究会(全国社研)を名乗るグループは、革命的議会主義を標榜し、マルクス主義労働者同盟、そうして社会主義労働者党に姿を変えていった。

全国学園闘争と70年安保闘争
60年代後半の激しい政治活動は、1967年の羽田闘争から始まる。この時登場した三派全学連は、共産同(ブント)、中核派、解放派から構成されており、60年安保の影響で四散していたブント諸派の多く(ML派やマルクス主義労働者同盟などを除く)は、1965年から1966年に再び統合され、学生運動の主導権を握りつつあった(第二次ブント)。

60年安保の時もそうだが、戦後日本の学生運動の中心にあり、それを領導してきたのは共産主義者同盟(ブント)であった。ブントがそうした位置を占めることが出来たのは、活動の中枢に「運動志向」があったからで、それによりブントは、しばしば革共同、とりわけ革マル派から「ブランキスト」(ブランキ主義者)と批判された。運動志向の強いブントと比べるならば、革マル派は、「黒寛主義」と呼ばれる理論への志向が強く、逆にブントから「学習会サークル」と揶揄された。ついでにいえば、中核派は、運動志向の強いブントと、組織志向の強い革マル派の中間に位置している。

ブントは、運動形成への志向が強いため、よりイデオロギー的な革共同系(中核派、革マル派)よりも、全共闘として全国の学園闘争において登場していたノンセクト・ラジカルの運動との共鳴性が高く、ブントは強い影響力を示していく。しかしながら、70年を通り越すと学園紛争は一気に収束し、70年安保闘争も日米安全保障条約を無効化できないまま終了、学生運動全体が大衆的な盛り上がりを失っていった。

第二次分裂と党派闘争
70年安保闘争の結果(敗北)は、新左翼運動の急速な後退化をもたらした。そのような状況の総括と展望をめぐって、ブントは再び四分五裂状態になる。この第二次ブント分裂で「赤軍派」「戦旗派」「叛旗派」「情況派」「蜂火派」など大小様々なセクトが誕生した。赤軍派が「赤軍」の形成を主張し、戦旗派は「共産主義突撃隊」の形成を主張するなど、過激な武装闘争路線を打ち出すセクトもあった。なお、同じ武装闘争路線でも赤軍派と戦旗派は軍事の主導権をめぐり党派闘争を開始する。また、軍事には反対していた叛旗派(ただし、三里塚第二次強制代執行においては武威をしめした)や情況派(のちに遠方派と遊撃派に分裂)が、赤軍派や戦旗派と対立した。叛旗派はブントの機関紙『戦旗』の編集局をおさえ、戦旗派に属したブントの議長をはじめとする最高幹部や中枢を、「ブントから除名する」という内容の『戦旗』特別号を発行した。ただちに戦旗派は、ブント中央の名前で、叛旗派を除名する。しかし、戦旗派では赤軍派との抗争、叛旗派への対応をめぐり戦旗派の中にも内部闘争が起こり、70年12月18日に事務局を掌握した、日向翔(荒岱介)率いる「戦旗派」(戦旗日向派、戦旗荒派)と、ブント議長の仏徳二(さらぎ・とくじ)率いる「鉄の戦線派」に分裂した。鉄の戦線派はさらに、同じく第二次ブント分裂の際誕生した神奈川県左派、南部地区委員会と合同してもう一つの戦旗派(蜂起派、連合戦旗派 通称12・18ブント)を結成し、戦旗日向派と対立する。その後も、各派は更なる分裂を繰り返し、最終的には共産同系のセクトは17、8派にまで細分化してしまった。その後もたびたびブント諸派を統一しようという「大ブント構想」が持ち上がるが、実現しないまま現在に至っている。
ブントの余波として、ある意味で"最後の輝き"を示したのがブント赤軍派であろう。赤軍派はクーデター的な武装蜂起による一時的な政権掌握を志向した。しかし、山梨県大菩薩峠で軍事訓練をしているところを警察に発見され(大菩薩峠事件)、実質的な決起戦闘部隊が壊滅した。起死回生を図った赤軍派はメンバーの一部でよど号ハイジャック事件を起こし、北朝鮮に渡った。さらに別の一部メンバーはアラブの地へ赴き日本赤軍を結成した。最後まで日本に残った赤軍派のメンバーは京浜安保闘争と統合して連合赤軍を結成。「山岳ベース事件」「あさま山荘事件」を起こした。

その後
1980年代、社会主義労働者党(社労党)は4時間労働制実現を掲げて各種選挙に挑戦したが、議席獲得には至らず、党勢は停滞。2002年に「マルクス主義同志会」に改称して現在に至る。共産同ML派(第一次ブント分裂の際誕生)の系譜を引くマルクス主義青年同盟は民主統一同盟に改称し、日本共産党に接近するも失敗。現在は「がんばろう!日本!! 国民協議会」と名乗り、右翼に転向した。戦旗派は1973年、地下軍事組織が爆弾闘争を行い(黒ヘルグループが冤罪で逮捕された)、その総括をめぐって、日向派(荒派、戦旗・共産同 党建設重視)から西田派(両川派、共産同戦旗派、武装闘争重視)が分裂した。荒派は1997年、名称をブント(BUND) に変更。2008年にはアクティオ・ネットワークと改称し、エコロジスト系市民団体に転換、若手の獲得にも成功した。一方、西田派は共産同全国委員会(烽火派)と合併し「共産主義者同盟(統一委員会)」となった。 第二次ブント分裂時に派生した幾つかのセクトが統合して誕生した赫旗派はさらに親中共派系の日本共産党 (マルクス・レーニン主義)と統合し労働者共産党を結成、さらなる他セクトとの統合を目指している。

2009年01月22日

民族(みんぞく)とは一定の文化的特徴を基準

民族(みんぞく)とは一定の文化的特徴を基準として他と区別される共同体をいう。土地、血縁関係、言語の共有(国語)や、宗教、伝承、社会組織などがその基準となる。日本語の民族の語には、近代国民国家の成立と密接な関係を有する政治的共同体の色の濃いnationの概念と、政治的共同体の形成や、集合的な主体をなしているという意識の有無とはとはかかわりなく、同一の文化習俗を有する集団として認識されるethnic groupの概念の双方が十分区別されずに共存しているため、その使用においては一定の注意を要する。

日本語の民族という言葉には二つの主要な意味内容が存在する。一方はネーション(nation)であり、もうひとつはエトノス(ethnos:英ethnic group)である。

中国の古典では「民族」は一定のグループをなす人々の共同体を指す。近代的な、文化的な固有性というニュアンスでの「民族」の用例の最も早い例としては、六世紀の南斉書列伝三十五の「高逸伝・顧歓伝」中の「今諸華士女、民族弗革、而露首偏踞、濫用夷禮」(民族を氏族とする写本もある)という記述をあげることができる(なおこれは、士大夫やその子女までも中国の北朝の異民族の風俗に染まっていると述べている部分である)。しかし、この歴史書は南史編纂後は読まれる事が少なくなったと言われており、現代日本の民族概念に影響を与えている確証はない。これはあくまでも中国語における民族の語源を示すものであって、日本語の社会科学の概念としての民族をいかに定義するかの問題とは混同されてはならないだろう。

訳語としての「民族」は、nationに対するものであるとされている。しかし、西欧語としてのネーションの政治的自己意識、統合性、独立性、主権性といった概念をも含む語義とは、日本語としての「民族」は完全には一致せず、国家のなかの、あるいは国家以前の、同一文化集団、民族誌学的な意味での、文化・生活様式を基準とした集団である種族にも同じように通用される。文化的・民俗的帰属意識と政治的同胞意識は必ずしも一致しないが、日本語の民族はどちらの区分による用例かはしばしば判然としない。

この区別は、同一文化集団は容易に政治的帰属意識を獲得しうる為に日々動揺する。しかしこのことは、同一文化集団が政治的自己意識を獲得する以前からあらかじめ潜在的にすでに「眠れる」nationであるということではない。事後的に、始めからnationであったことになるのである。

なお、当初は、nationの訳語としては「種族」や「人民」もひろく使用された。アダム・スミスの『国富論』に見られるように、国民の訳も用いられた。ヘボン『和英語林集成』(三版)はnationの訳語に、国民、人民だけをあげている。
ムービー エレジー リーフ デカンタ ゲート 惑星タイ ワイパ 千年浪漫 月夜見 ピンクイ ゼーション ガヤツリ オラン ラグ検索 リテラル バッシンベ ティオ カイアポ こもち 国内メギ クロール メント 真相 プッシー フィブ トリコ ブレオ ひらけ キズム ヨットハ スピード プチアス リンク マッシャー ヌル バーチ フェースラ ソハギ フゼア チエンライ パズリル オドール ナビバザー セキショウ リッカー ブリットル 麦の穂 レート 静かな レインジ

もちろん、戦前において既にウッドロウ・ウィルソンの民族自決権の思想などが紹介されており、早い時期から民族がnationの訳語として用いられていた点にも注意すべきである。

現代日本語では、nationは民族、国民、国家、国民国家、ネーションなどと強調されている側面に応じて訳し分けられる傾向にある。(よって本稿の内容も一部は必然的に国民の項と重複せざるをえない)

他方でethnic系統の語については事情は複雑であり、一般的には民族と訳されることが多いが、学術的な文脈では必ずしもそうではない。エスニック・グループは、社会科学の分野では、エスニック集団などと訳し、民族という語を避ける場合も多い。(なお台湾などの中国語圏でも、民族nation概念に対して、ethnic groupは"族群"と訳され、民族との訳語を避けることが多く、日本でも族群概念を導入した論文もある。)日常語では何の問題もない「少数民族」という言葉も、社会科学では極めて問題含みの言葉として批判されることもある。

こうした日本語「民族」の曖昧な多義性を、現代において露呈してきたエトノスとネーションの曖昧で明確な区分の難しい、複雑な関係性を表現可能な言葉だとして肯定的に評価する立場もあるが、エトノスがネイションの下位区分として導入された点を重視し、両者を訳し分けるべきだとする考えもある。しかしその場合にも、民族を、どちらの語義にひきつけて定義し、新語をどちらに当てるかには、一致した見解は得られていない。したがって社会科学的な概念として民族概念を使用する場合には、それぞれの論者がいかなる意味で用いるのかを明らかにすべきだろう。その場合、単純に原語をエトノス、エスニック・グループなどと音訳して使うという立場も便宜的ではあるがしばしば見られる態度である。


2009年01月15日

座敷童子が登場する作品


トロン アール ターミナル ナフタリ デジタル バケー ロープ カメオ 紅柿 一獲千 ブックマ テニス メンタル オペミスズ トランポ ジッパ おれが こはくいろ はくほう トマト 川霧 モノトーン カタコンベ シスチン サーチタス プジョー ナローラ クロトン チュニック カード ピンクチェ モル レインコ ファンダ ストーマ パイプ リター ファー レジャー マッドマ ノッ フェイバー ポーズ ヨーグルト シーフー プレーメ ボール オーバル トート ちょとつ
おまもりひまり
うしおととら
ゲゲゲの鬼太郎 - ゲゲゲの鬼太郎の登場人物#鬼太郎とその仲間たちを参照。
地獄先生ぬ〜べ〜
ちびもの
Pの悲劇
XXXHOLiC
ざしきわらし
ACONY
優&魅衣
まんが日本昔ばなし
ワンダフルデイズ
さよなら絶望先生(小森霧は全国座敷童子連盟の会員という設定)
妖怪のお医者さん
わらび奇譚
妖逆門
魔人探偵脳噛ネウロ(番外編にてギャグとして登場)
鬼切丸
いんどあHappy
アニメ

キテレツ大百科
モノノ怪
妖逆門
クレヨンしんちゃん
特撮

忍者戦隊カクレンジャー
炎神戦隊ゴーオンジャー(GP-45より)
小説

くらのかみ
ぺとぺとさん(和賀八郎。他人の秘密を皆に言いふらす油断大敵の人物)
ユタとふしぎな仲間たち
愛しの座敷わらし
Missing9?11巻 座敷童の物語
天井うらのふしぎな友だち
雨ふり花さいた
今日抄 雪女
座敷童にできるコト
映画

河童のクゥと夏休み
テレビドラマ

どんど晴れ
童話

ざしき童子のはなし(宮沢賢治)
ゲーム

流行り神2
とっぱら〜ざしきわらしのはなし〜